為替レートの決まり方をわかりやすく解説

為替レートとは?

 

「今日の円相場の終値は1ドル108円で〜」と言ったフレーズをニュースなどで聞いたことがありますか?

この為替レートの動きは、経済の動向を理解する上でとっても重要な材料となります。

ここでは、為替レートについて説明します。

為替レート(かわせレート、英: Exchange Rate)とは、通常の外国為替の取引における外貨との交換比率(交換レート)である。為替相場、通貨レート、単にレートとも呼ぶ。基本的に市場で決定される。

wikipediaより引用

 

ドル円レートが1ドル100円だったとします。この時、100円を持って両替所に行くと1ドルと交換してもらえます。

このレートは常に変動します。

次の日に1ドル101円になれば、ドルの交換に必要なお金は1円高くなります。

これは、円の価値が下がっている(=ドルの価値が上がっている)という事です。

このレートの変化を、円安と呼びます。 

 

円安・・・外貨に対して円の価値が下がる事

円高・・・外貨に対して円の価値が上がる事

 

円高と円安はどちらがいいのか?

 

では、円高と円安ではどちらが日本経済にとって好ましい状態なのでしょうか?

これは、一概に決めつける事は出来ませんので過去の例を振り返って考えてみます。

 

です

 

こちらは73年以降のドル円レートの推移です。

今では信じられませんが、プラザ合意前までは200円を超える円安の時代が長く続いていたのです。

2019年6月現在のドル円レートは108円近辺で推移しています。

日本の高度経済的は実は円安と共にあったのです。

 

固定相場制と変動相場制

 

上記のグラフは1973年からのものですが、それ以前の為替の大きな変動は長らくありませんでした。

それは、第二次世界大戦から1973年まで、世界の為替レートは固定相場制と言われる制度を取っていた為です。

 

固定相場制・・・為替レートを、ある特定の水準に固定もしくは変動を極小幅に限定する制度。1973年まで採用されていた。

変動相場制・・・為替レートを一定比率に固定せずに、市場での需要と供給により自由に変動させる制度。73年から現在に至るまで採用されている。

 

実は、戦後の日本は長らく1ドル360円という、今から考えると超円安なレートで取引をしていました。

円安になれば、輸出が活発になります。

円安とは同じ商品を作っても、外国にとってはとても安くなります。つまり、外国に物がどんどん売れるのです。

 

同じような光景は、アベノミクスによる金融政策によって起こった急激な円安によって目の当たりにしました。

トヨタや名だたる輸出企業の業績は急上昇し、株価も上昇しました。

内需においても外国人観光客がアベノミクス前に比べて急増し、『爆買い』といった外国人による日本商品の買い占めが起こった事は記憶に新しい出来事です。

 

反対に、円高と不況はいつもセットで起こっています。

リーマンショック、東日本大震災を経験した日本の為替レートは超円高に傾き、2011年11月には史上最高値の75円台を記録しました。

ご存知、この時の日本経済は超円高デフレ不況に苦しんだ時期でした。

 

円安・・・輸出企業を中心に日本企業の株価が上昇、更に業績が活発化して景気が良くなる

円高・・・輸出企業を中心に日本企業の株価は下落、企業業績が低下して景気が悪くなる。

 

過去の日本の経済動向を見ていると、こう表現しても間違いはないでしょう。

 

為替レートの方向性を決めるのは金融政策

 

ここで、アベノミクス開始の2012年12月に時計の針を戻しましょう。

2012年の安部政権が誕生する前、民主党政権だった2012年9月のドル円相場は78円台、日本は円高不況に苦しんでいました。

それが、安倍政権が誕生して瞬く間に100円を超える円安となりました。

約3年後の2015年6月のピーク時には127円の円安にまで円の価値が下落し、実に50円の円安を実現したのです。

 

黒田日銀の金融緩和政策によって日本の円を大量に発行した事で、日本円は外貨に対して希少性が低下しました。結果として円安に傾いたのです。

世の中の物の価格は、市場に出回るお金の量とのバランスで決まる事は様々な記事で説明しました。

これは、通貨の価値も同様なのです。

つまり、物の値段が決まる事と同様に、通貨の値段も需要と供給のバランスによって決まるという事です。

外貨に対して、自国の通貨を増やせば円安に傾き、自国の通貨を減らせば円高に傾きます。

 

とても単純に説明していますが、為替レートの決定の本質は金融政策の方向性と考えて良いでしょう。

 

金融政策の失敗

 

2008年のリーマンショック時に日本は円高不況に苦しみましたが、その理由も金融政策の失敗にあります。

この当時、アメリカやヨーロッパはデフレ不況を回避するために大規模な金融緩和政策に踏み切りました。つまり、自国通貨を大量に発行したのです。

それに対して我が国の中央銀行、日本銀行は何も対策を取りませんでした。

 

リーマンショック時に、アメリカの中央銀行(FRB)はドルを大量に発行しました。また、EUの中央銀行(ECB)もアメリカ程ではないにしろユーロの発行を増加させました。

 

これに対して、日本銀行はまったくと言っていいほど何もしませんでした。

結果として、日本円は外貨に対して希少性が増し、過度な円高に苦しみ、リーマンショック震源国のアメリカよりも何倍も悪影響を受ける事になってしまったのです。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

リフレキャット

日経平均株価の最高値更新を祝して美味しいお酒を飲める日を心待ちにしています。テクノロジーの発展と豊かで明るい未来を想像しながら、今日も『時代おくれ』を聴いています。